北村薫『ニッポン硬貨の謎 −エラリー・クイーン最後の事件-』(東京創元社)

ニッポン硬貨の謎

最初に言っておきますが、すみません、俺はエラリー・クイーンを1冊も読んでません、ごめんなさい。謝っても仕方ないけれど。いや、クイーン未読でも充分に面白かったよ。うん。クイーンのコアなファンならば、劇中で語られている事などもっと理解出来るであろうし未読者には理解不能な所まで楽しめるのだろうけれど。しかし、小説の形を借りた北村クイーン論考は門外漢にも充分に面白い。かつて、「円紫さんと私」シリーズ『六の宮の姫君』の時は、俺としては些か以上に筆が暴走して、北村芥川龍之介がキツく出過ぎて、娯楽小説からはみ出ているように思えたが、今回は大丈夫、娯楽ミステリーの範疇内で見事に収まっております。本編のストーリーは、パスティーシュとしての凄み、醍醐味は判らなくとも、北村ミステリーの王道を行く内容なので、俺のような人間でも全然ok。名探偵と、若き女性の記録係の語り部、と言うフォーマットは、「円紫さんと私」や「冬のオペラ」などでお馴染みの形式だし。あと、この小説のもう1つの楽しみは、トンデモニッポン描写小説であることでしょう。ほら、よくハリウッド映画で、日本や日本人が登場した時に、自国民から見たら、「なんだこりゃ」的な表現がされていたりするアレですよ、アレ。『ライジングサン』や『ミスター・ベースボール』、ジョディ・フォスターの『コンタクト』。『ブラック・レイン』はまだまだ全然マシな部類の描写でしたな。そういうのって、時として大笑いし、時として憤慨したりするものだけれど、それの小説版として今作は楽しめる。いや、実際に異国人が誤解して描いている洋画よりも、今作は、もっと事情が複雑?で、クイーン氏の誤解に基づいてトンデモ描写が書かれている、と言う設定で、それを実際に書いているのは、勿論、当の日本人である北村薫によってであるのだから(笑)。わざわざ、現実のクイーン氏の来日時の事情から曲解を考証したりしているのだ。濃ゆいマニアな仕事ぶりだなあ。この辺りの倒錯した表現を、嬉々として書いているのが伝わってくるようで、読んでいて凄く面白い。それに付随する脚注も濃いしね。